この記事について

 この記事はWebのアドベントカレンダーサイト「Adventar」で作成された「体験型イベントAdvent Calendar 2016」の12月19日の記事として書きました。
 なお、内容は筆者である粒幸久の個人的見解に基づくものです。

今年も忙しい人のために三文でまとめておきます

  1.  ボードゲームの本場であるドイツにおける2016年のトレンドの一つとして、「ネタバレ厳禁な1回限りの体験」を重視する「謎解き系ボードゲーム」があった。
  2.  「謎解き系ボードゲーム」が広まることで、従来の「持ち帰り謎」は比較されるだろうし、著作権やボードゲームカフェにおける取り扱いを改めて確認する時期にあるのではないか。
  3.  「謎解き系ボードゲーム」や「持ち帰り謎」の利用に係る権利や費用負担などが明確になれば、それをボードゲーム会などが利用することで、地方においても謎解き文化がより広まりやすくなるのではないか。

自己紹介

 粒幸久(つぶゆきひさ)です。
 昨年の「謎解きイベントとボードゲームの共通点」という記事に引き続いて本企画に参加しておりますので、基本的な自己紹介はそちらの記事を参照いただければと思います。
 ここ1年間の活動としては、謎解き問題集「スリーステップスタンダード」を製作し、夏のコミックマーケットやゲームマーケットなどで頒布しました。最終在庫は来年3月の「ナゾガク2017 熱血!ナゾトキ学園」様で委託販売させていただく予定です。
 解く方は相変わらず苦手です。2016年はSCRAP分が4勝6敗と負け越し。参加記録はtogetterの「「リアル脱出ゲーム」ほか謎解き戦績2016」などにまとめています。

この1年間でさらに近くなった「謎解きとボードゲーム」

 昨年の記事を書いてからの1年間で、謎解きとボードゲームを取り巻く環境もだいぶ変わったように思います。そこでは「両方を嗜む人は各々のクラスタの3割」と記しましたが、現在ではもう少し重なって4割から5割近くに増えているように体感しています。
 つい先週に行われたアナログゲームイベント、ゲームマーケット2016秋においても持ち帰り謎の出展はかなり多くなりました(参考:謎解きゲーム系まとめ)。昨年の2015秋ではSCRAP様や当方の他に2サークルくらいしか見つけられなかったので、ほぼ倍増したと言えるでしょう。
 謎解きとボードゲームのコラボとして、ゲームマーケットで周遊謎を手掛けるよだかのレコードさんが、手軽な正体隠匿ゲーム「ワンナイト人狼」をテーマにした謎解き「ワンナイト人狼からの脱出」を現在から来年1月にかけて公演中です。

ドイツのゲーム賞ノミネート作から見る「体験重視」の傾向

 このような動きは日本に限ったことではなく、ボードゲームの発展を担ってきた本場のドイツにおいても、今年2016年は権威ある賞の受賞作から謎解きとボードゲームが融合する傾向が見て取れます。
 愛好者の投票により選出されるドイツゲーム賞の3位、そして審査員により選出されるドイツ年間ゲーム大賞のエキスパート部門にノミネートされた「タイムストーリーズ」は複数人でゲームブックを読み進めていくように展開するボードゲームですが、その中で協力して散りばめられた謎を解く必要があります。私も6月に翻訳シート版を手に入れた友人と遊んでみましたが、用意された謎は歯ごたえがありました。このゲームは日本語版の発売が予定されており、当初は今年の秋という告知でしたが越年しそうな雰囲気ですね。
 同じくドイツゲーム賞4位、ドイツ年間ゲーム大賞エキスパート部門ノミネート作に、昨年の記事でもとりあげた「パンデミック」のシリーズ作品である「パンデミックレガシー」が選ばれました。謎解き要素はありませんが、協力して事態を打開する点や、突如示されるストーリーによってもたらされる衝撃は複数回楽しめない点などは謎解き公演に通ずるものを感じます。こういった「ネタバレ厳禁な1回限りの体験」を重視するボードゲームは、今後も数多く登場するのではないでしょうか。

エッセン・シュピール'16で感じた世界的な「謎解きブーム」

 機会を得て、「謎キャン」の公演に参加した翌日から1週間ほどドイツに行ってきました。私自身初めてである海外旅行の目的は、自分のサークルで手掛けた同人ボードゲームを海外のメーカーに向けて売り込むことだったのですが、世界最大規模のアナログゲーム見本市である「エッセン・シュピール」の会場を実際にこの目で見られたこと、そしてその過程で日本や世界の著名ボードゲームデザイナーと会うことができたことが大きな収穫でした。
 前述の「タイムストーリーズ」などの影響を受けてか、今年のトレンドは謎解き系ボードゲームとのことで、そのプロモーションとして実際の謎解きイベントを体験できるブースがいくつかありました。これらに参加したレポートはtogetterの「ドイツ・エッセンで開催された「シュピール'16」で遊べた体験型脱出ゲーム」にまとめましたので、興味がありましたら目を通してやってください。
 そのこぼれ話として、謎解きブースを運営していたドイツ人スタッフに「日本でもこの手のゲームは流行していて、SCRAPっていう大手企業があるんだけど、知ってますか?」と尋ねたところ「SCRAP?ガラクタの意味のスクラップしか聞いたことがないよ」との返答。発祥とも呼べる企業を知らないのは残念なことですが、リアル型謎解きという文化が日本人が知りえないところにまで広がっているという事実は凄いことだと思います。

ドイツ製「謎解き系ボードゲーム」の特徴

 本当であれば、この時に買ってきた謎解き系ボードゲームを翻訳して紹介することをアドベントカレンダーの記事にしようと考えていたのですが、本業、同人活動共に多忙が続いてしまい、いまだ開封できずにいます。
 ということで前述のtogetterまとめからの再掲になりますが、同行した秋山様がレビュー記事を書いておられますので、こちらを紹介いたします。

 エッセンシュピール2016で買ってきた謎解きゲームを開けてみた - 雲上四季

 僭越ながら補足しますと、これらドイツ製の謎解き系ボードゲームの特徴として「進捗が都度確認できることでモチベーションを保つ」「その答え合わせはwebなどに頼らず内容物で完結する」「一部の解答用紙を除いては複数回のプレイが可能なよう書き込み不要で進められる」という点に拘りがあるようで、その手段として「Escape room Das Spiel」は専用のクロノレコーダーで正解判定を行い、「ESCAPE THE ROOM」および「Exit Das spiel」は円盤型アイテムで次の指示が分かるような仕組みを実現しています。
 これらのゲームのうち、「Exit Das spiel」シリーズの一部は先日のゲームマーケットにおいて翻訳シート版が販売されていましたが、その他に日本語化の情報は無いようです。個人的にはクロノレコーダーを使っての日本語オリジナルの謎が作れないかどうか試してみたいと思っています。

日本製「持ち帰り謎」とはどこが違うのか

 一方で、日本では謎解きイベントの興隆と共に、自宅に持ち帰って解くことができる「持ち帰り謎」の存在がありました。以下、引用するトリオックス様の持ち帰り謎年表によると、2010年以降220作以上の持ち帰り謎が世に出されており、今年分までを含めるならば300は優に超えていることでしょう。

 「持ち帰り謎年表」、作りました。 - tri_ox's blog 

 ただ、その多くは基本的に一人で解く前提の作りになっているものがほとんどです。ホール型やルーム型など複数人で参加する謎解きイベントも数多くある中で、持ち帰り謎はソロプレイが中心になりがちなのは何故なのでしょうか。
 個人的に思いつく理由としては、ユーザー側は「時間制限がないならば、すべての謎を自分で解きたい」という考えがあるでしょうし、製作者側は「実際は複数人で楽しめる内容だとしても、表向きは個人向けとして数を多く売りたい」という事情があるのではないでしょうか。このあたり、記事を読んだ皆様からも意見を募りたいところです。

「謎解き系ボードゲーム」の広まりで何を考えるべきなのか

 書店流通に乗るような大手による書籍形式のものを除いては、「持ち帰り謎」は販売の機会が限られているでしょう。そんな折に企業が手掛ける「謎解き系ボードゲーム」が広く流通するようになれば、いつしかの段階で比較されることは免れないような気がします。つまりは「持ち帰り謎」にも必然的に複数人が複数回解くような使われ方が一般的になってしまうのではないかと推測するのです。
 複数回解くことを前提にするならば、ペンシルパズルを主体にした謎はコピーを行う必要がありますが、そうなると今度は著作権法についても意識することになりそうです。書籍の複写として許される個人利用目的の範囲は逸脱していそうなものですし、一方で書籍でない形の「持ち帰り謎」の著作権はどう扱われるのが適当なのかを考えていく時期にあるのかも知れません。あるいは明確に製作者側が一人が一つ買ってください、というアナウンスが必要になってくるのでしょうか。
 さらに、大都市圏を中心に増えているボードゲームカフェにおいて、ボードゲームを利用することは著作権法に規定された貸与権にはあたらないという文化庁の見解があるようです。一度しか楽しむことができない、つまり一度体験することで購入する必要がなくなる「謎解き系ボードゲーム」や「持ち帰り謎」についても、おそらく例外的な扱いにはならないでしょうが、個人的にはそれで良いのだろうかと、ちょっと気にかかるところがあります。

謎解き常設店とボードゲームカフェ

 ボードゲームカフェを話題にしたところで少し本題から脱線しますが、昨年「ボードゲーム会のはじめかた」という同人誌を執筆した際、ボードゲームの流行に伴って地方では誰もが参加できるオープンなボードゲーム会が増えている一方で、首都圏ではそのようなボードゲーム会は淘汰される段階にあり、代わってボードゲームカフェなどのプレイスペースが担っている(加えて、大きく告知して参加者を募る必要が減ったことで、友人などのより小さな集団で行うクローズな会が増えている)のではないかという傾向に気づきました。
 そこでふと、謎解きイベントを行う常設店舗と、ボードゲームカフェなどプレイスペースは、今現在ではほぼ同程度の人口規模がある都市でのみ経営が立ち行くのではないかという仮説が私の中で浮かんでいました。執筆時には具体的な数値を調べるまでは至りませんでしたが、今回記事を書くにあたって簡単に調べてみたところ、

 謎の予定 にピンク色で記入されている常設店舗の情報から同店舗開催の重複を取り除くと、約60軒
 JELLY JELLY CAFEのボードゲームスペースMAP に掲載されている店舗数 96軒

 と、全体の店舗数では1.5倍ほどの差がありますが、例えば東北においては両方とも1軒のみが該当するなど、「ほぼ同程度の人口規模がある都市でのみ経営が立ち行く」説はそれなりに信憑性がありそうです。

謎解き臨時公演と地方のボードゲーム会

 そう考えると、謎解き常設店がない地方における謎解き需要に対して、SCRAP社の全国ツアーのように謎解き団体が臨時に会場を貸し切って行う公演が存在しているように、ボードゲームカフェがない地方のボードゲーム需要は、有志によるボードゲーム会がその供給の役割を担っているのではないか、さらに謎解きとボードゲームの垣根が取り払われることで、地方で定期的に行われるボードゲーム会でちょっとした謎解きイベントを行うことこそ合理的ではないか、ということを思いつきます。
 しかし、一回限りのプレイを前提とする謎解きはボードゲームよりも調達が困難です。著作権的に問題のない形で謎解きを調達するにはどうすれば良いか。個人的な結論としては、無いものは作るしかない、ということでした。そのような思いから、私自身が運営するボードゲーム会「北三陸アナログゲームズ」で参加者に解いてもらうために、定番問題を定番的な構成でまとめたのが前述した「スリーステップスタンダード」だったのです。
 同誌の奥付には「本書は所有者の友人・知人など特定できる交友の範囲に対して「謎解き」を広める目的に限り、複写・複製等を許可します。」と記載しました。これが適法な表現かは正直なところ分かりませんが、こういう形で人から人に謎解きが伝播していくことを個人的には望んでいます。
 そういうわけで同誌は一部をコピーしても解けるように、切ったり折ったりするギミックは全く使わずに仕上げたのです。一方で、それならもっとコピーしやすいように封筒入りの用紙、あるいはせめて中綴じ冊子で作れば良かったのでは、という後悔も少しだけあります。

昨年の自分に対する自分なりの答え

さらに気軽で小規模な形式、それこそオープンボードゲーム会のようなスタンスで謎解きイベント公演ができないだろうか、と考えることがあります。そこで使う謎についても、もっと団体の垣根を超えた再利用が進めば良いなと思っていて、具体的に言うなら、もう再演のない公演用の謎を、私のような地方でイベントを興したいと考えている団体に対して委託、あるいは丸投げして売ってくれるような仕組みがあればお互い幸せになれるんじゃないかと妄想するのです。

 と、昨年はこんなことを書きましたが、やはりその場で味わう体験にこそ価値がある公演謎の再利用は難しいように感じていました。私の大暴投のせいでキャッチボールの球が返ってこなかったのですから、今年はもっと投げ返しやすい球を投げるまでのことです。「スリーステップスタンダードを友達や家族に解かせてみたよ」なんて声が聞こえてくれば私にとってこの上ないストライクな返球ですし、そうでなくとも「うちのボードゲーム会ではこんな謎解きベントをやってるよ」なんていう声も参考事例として聞いてみたいと思ったのが、本記事を書こうとした意図だったりします。
 いずれ、今年のアドベントカレンダーで他の方も書かれていたように、都市圏で盛んな謎解きを地方民が充分に堪能しようとするならば、現状では遠征費用がかかりすぎるというのが実情です。そんな現状を少しでも打破するために、地方の謎解き公演に参加し、地方の謎解き団体を応援するとともに、身近な人に謎解きを広めていくという地道な普及活動を通して、わずかでも地方の謎解き需要を高めていくことも同様に大切なのではないかと感じているのでした。

アドベントカレンダーのあれこれ

 昨年と同様、私が個人的に読んでいるアドベントカレンダーを紹介させていただきます。今年はボードゲームの方に比重が寄ってしまいましたが、(謎解き)体験型イベントとともにその両方に興味を持っていただけたら嬉しいと思いつつ、この記事はここで終わりにいたします。

体験型イベント Advent Calendar 2016
 この記事を書かせていただいたアドベントカレンダーです。

Board Game Design Advent Calendar 2016
 主に同人活動でボードゲーム製作する人達がゲームデザインについて語るアドベントカレンダー。明後日12月21日はトーホクウィステリアのメンバー、ぷらとんがエントリーしています。 

ボドゲ紹介 Advent Calendar 2016
 謎解きクラスタにも読んでいただきたい、おすすめのボードゲームを紹介するアドベントカレンダー。

ボドゲ紹介02 Advent Calendar 2016
 ボードゲーム界隈の盛り上がりにつき、今年はもう一つ紹介に関するアドベントカレンダーがあります。

Trick-taking games Advent Calendar 2016
 トリックテイキングという種類に分類される様々なカードゲームについてのアドベントカレンダーです。

adv2016